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ペイズリー、デザインはインド、でも名前はスコットランド。なぜ?

10月6日
読了時間: 2分
インド、ペルシャを連想される柄
インド、ペルシャを連想される柄

ChatGPTにこのバンダナの柄を見せたら、即座に「ペイズリー柄」とのコメントが返ってきました。ペイズリーって何だろうと素朴な疑問を持ち...結論 ‐ ペイズリーはインド固有の呼び名ではなく、スコットランドの町の名前でした。なぜ?


現在「ペイズリー」と呼ばれている、あの涙型・勾玉型の文様は、インドやペルシャでは古くから buta(ブータ)、ペルシャ語系では boteh(ボテ) などと呼ばれていました。

起源については諸説ありますが、ペルシャ・中央アジアからインドへ伝わった植物文様、生命の樹などとの関係が指摘されています。

そしてインドでは、特にカシミールのショールの重要な文様として発展しました。18世紀になると、インドからヨーロッパへカシミールのショールが入ってきます。

非常に細いカシミヤの毛を使い、複雑な文様を手織りした高級品でした。ヨーロッパではたちまち大流行し、特に18世紀末から19世紀にかけて、女性のドレスの上に羽織る高級ファッションとして人気を博します。

当時の本物のカシミール・ショールは非常に高価で、最高級品を作るのには長い時間がかかりました。そこでヨーロッパでは、

「こんな素晴らしいものを、もっと安く作れないか?」

ということになります。


18~19世紀、スコットランドの**ペイズリー(Paisley)**という町は、もともと織物産業が盛んな町でした。

そこでカシミール・ショールの模倣品が大量に作られるようになります。

特に19世紀になると、ジャカード織機などの技術によって、複雑なインド風の文様を機械で効率よく再現できるようになりました。

そして、

カシミールの文様 → ペイズリーで大量生産 → 「Paisley」という名前が定着

という流れが生まれます。

つまり、ペイズリーと言う柄の名前はスコットランドの町の名前でした。

柄そのものはインド・ペルシャ系なのに、英語では「Paisley」と呼ばれるようになったわけです。


かつて繊維産業で栄えたペイズリーは、現在、その歴史と織物文化を伝える町として知られています。

 
 
 

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